地震や津波、水害など災害時には、被災地以外の保健師が災害派遣し、保健活動を行います。
災害派遣に登録できる保健師は「行政保健師」です。
今回は災害派遣の保健師が現地でどのような保健活動を行っているのか、東日本大震災や熊本地震で行われていた保健活動をまとめました。
これから保健師になる方や災害派遣をしたい方、現在保健師として勤務している方に役立つ記事となっています。
災害発生時の保健師の役割
災害時の保健活動は、発生後の時期(5つのフェーズに分けられます)によって異なります。それぞれの健康課題に応じた保健活動が求められます。
区分 | フェーズ1 | フェーズ2 | フェーズ3 | フェーズ4 | フェーズ5 |
---|---|---|---|---|---|
時期 | 発生直後~1日後 | 1日後~3日後 | 3日後~1週間後 | 1週間後~1ヶ月後 | 1ヶ月後 |
初動体制の確立 | 緊急対策 生命・安全の確保 | 応急対策 生活の安定 (避難所中心) | 応急対策 (避難所から仮設住宅まで) | 復旧・復興対策 | |
保健活動 | ・救命 ・安全確保 ・病院搬送 ・感染症予防 ・情報提供 | ・救命 ・安全確保 ・病院搬送 ・感染症予防 ・情報提供 ・避難所サーベイランス ・食事、栄養の確保(用配慮者への配慮) ・健康不良者発見、対応 ・予防活動(エコノミー症候群など) ・健康相談、健康教育の実施 ・こころのケアチーム、医療チームとの連携 ・保清 ・口腔ケア ・要配慮者への支援 ・福祉避難所への搬送 | ・感染症予防 ・情報提供 ・避難所サーベイランス ・食事、栄養の確保(用配慮者への配慮) ・健康不良者発見、対応 ・予防活動(エコノミー症候群など) ・健康相談、健康教育の実施 ・こころのケアチーム、医療チームとの連携 ・保清 ・口腔ケア ・要配慮者への支援 ・福祉避難所への搬送 | ・感染症予防 ・情報提供 ・避難所サーベイランス ・食事、栄養の確保(用配慮者への配慮) ・健康不良者発見、対応 ・予防活動(エコノミー症候群など) ・健康相談、健康教育の実施 ・こころのケアチーム、医療チームとの連携 ・保清 ・口腔ケア ・要配慮者への支援 | ・感染症予防 ・情報提供 ・要配慮者への支援 |
災害時に起こりうる健康課題と保健師の活動
災害時に起こりやすい健康課題は、感染症、食中毒、心のケア、エコノミークラス症候群、低体温症、熱中症、生活不活発病、粉塵の吸引、口腔衛生、低栄養があります。
それぞれの保健師活動の具体例は以下の通りです。
感染症(インフルエンザ、ノロウイルス)
避難所の集団生活では、風邪やインフルエンザ、ノロウイルス等の集団感染が起こりやすいため、避難者や現地スタッフに注意喚起を行います。
- 手洗い、手指消毒の励行。
- マスクの着用、咳エチケットなどの予防を促す。
- 避難所のトイレには液体石鹸や手指消毒剤を設置。
- 水が出ない場合は手指消毒剤やウェットティッシュを配布。
- 避難所の環境整備(定期的な換気、整理整頓、掃除、トイレの衛生状態、適宜ごみの処理が行われているか確認)
- 症状がある人は申し出るように避難者に周知。
- 感染症患者が発生した場合は、感染拡大防止のため患者の隔離を行うとともに、他の有症状者の把握や接触確認、健康観察を行う。
- がれきの撤去作業時は泥や粉塵による健康被害や創傷等が起こりやすいので、マスクや手足を保護するよう注意喚起する。(破傷風・レジオネラの予防)
食中毒
食中毒は気温が上昇する6月頃から発生しやすくなりますが、冬でもノロウイルスによる食中毒も発生するので、季節に関係なく食品の衛生管理に注意する必要があります。
- 食事前や排泄後は必ず流水での手洗いを励行。
- 配布された食品はなるべく早めに食べるよう呼びかけ、残飯は回収し破棄。
- 調理者や配膳にかかわる人は流水での手洗い後、アルコール消毒を行う。水が確保できない場合はウェットティッシュの使用を勧める。
- 配給食を出す場合は、食品の賞味期限・消費期限を確認。
- 食料は冷暗所での保管を心がける。
- 下痢や嘔吐等の症状がある人は、食料の配布や調理はしない。
心のケア(災害後の心的ストレス)
災害など重要なストレスにさらされると、誰もが不安や心配などの反応が現れます。
- 休息や睡眠をできるだけとるよう促し、避難所では消灯時間を決め、規則正しい生活ができるよう支援する。
- 健康相談でストレスや睡眠の状況を把握。訴えが強い時はケアチームや精神医療チームへ繋げる。
- 認知症や発達障害、精神疾患を抱えている要配慮者とその家族について治療が継続できるよう心のケアチーム・精神科医療チームと連携し対応する。
- 災害後の心的ストレス反応について、避難所や避難所運営スタッフに情報提供する。パンフレットやポスターを掲示する。
エコノミークラス症候群(急性肺血栓塞栓症)
食事や水分を十分に摂取せず、車などの狭い座席に長時間居座り、脚を動かさないことで血行不良が起こります。血液が凝固しやすくなり、その結果、血栓が下肢から肺へ血流にのって流れ、肺塞栓を引き起こすリスクがあります。
- 予防のため定期的に軽い体操やストレッチを促す
- こまめに水分補給をするよう促す。(アルコールやコーヒーは利尿作用があるため避ける)
- ふくらはぎのマッサージ、屈伸運動が有効であることを周知
- ゆったりとした服を着るよう促す。ベルトはきつく締めつけない。
低体温症(避難所でのライフライン停止)
災害によるライフラインが停止し、真冬並みの寒さでも暖房の使用ができないことがあります。避難所や自宅避難者が低体温になりやすいため、寒さや濡れた状態での対策が大事です。
- 床に敷物を敷き、濡れた衣服は脱がせ、毛布などで保温する。
- 体温を奪われないように顔、首、頭は防止やマフラーで保温する。
- 体温を上げるため栄養補給、温かい飲み物を補給する。
- 震えがなくなっても、低体温症になることがあるので注意が必要。つじつまの合わない言動やふらつき、体が温まらないまま震えがなくなる、意識が朦朧とするなどの症状が見られたらすぐに医療機関を受診する。
熱中症(夏場のライフライン停止や脱水)
気温が高い、風がない、湿度が高いなど急に熱くなった日は熱中症に注意が必要です。
- 水分をこまめに摂取するよう促す。特に被災地ではトイレが遠いなど様々な理由で、水分を制限する傾向にある。特に高齢者は注意が必要。
- トイレまでの動線や手すりの設置、ポータブルトイレの活用などプライバシーへの配慮が必要。
- のどの渇きを感じる前に水分補給を促す。起床後や入浴後、就寝前には意識して水分補給するよう促す。
生活不活発病(避難所生活での活動低下)
災害時は身体を動かす機会が減り、「動かない」(生活が不活発)な状態が続くことにより心身の機能が低下し「動けなくなる」ことがあります。
- 高齢者は特に注意。筋力が低下し関節が固くなることで歩行が困難になったり、疲れやすくなったりすることで気分が沈んでくることがある。
- 積極的に体を動かすようラジオ体操の定期的実施やパンフレットを配布し情報提供する。
- 杖や手すり等の福祉用具を用意し、高齢者や障害のある人が一人で動ける環境を作る。
- 床からの起き上がりの負担を軽減するため、段ボールベッド使用を積極的に促す。
粉塵の吸引(がれき撤去時のリスク)
災害時は大気中に多くの粉塵が舞い、がれきの撤去などの作業時に粉塵を吸引する可能性があります。
粉塵を吸い込んでも初期には症状がないため、気づかぬ間に症状が進行して、咳や痰、息切れが起こり、呼吸困難等の症状が出現します。
- マスクの着用、粉塵が付着しにくい服装の選択、うがいの励行を呼びかける。
- 咳、痰、息切れが続く場合は医師への相談に繋げる。
口腔衛生(う歯や歯周病の悪化)
災害時は入れ歯や口腔内の清潔が保てないためにう歯や歯周病の悪化、口内炎が起こりやすくなります。予防のために口腔内の清潔を保つことは重要です。
- 毎日の口腔ケアを働きかける。水やハブラシがない場合はハンカチを活用したり、うがいのみ実施するなどできる方法を伝える。
- 支援物資には菓子パンやお菓子も多いため食べる時間やよく噛んで唾液を出す工夫を呼びかける。
- 口腔機能の廃用予防のため唾液分泌を促す健口体操を働きかける。
低栄養(食料不足や食欲低下)
災害発生時は、十分な食事がとれない上、いつもと異なる環境となるため、食欲が落ち、身体活動に必要なエネルギー量や栄養素が不足する低栄養状態に陥りやすいです。
- 食事量が摂れているか確認し、摂れていない場合は原因を見つける。食事形態の工夫と保健食品等の利用につなげる。
- 食事が摂れていないと水分摂取量も減り、脱水症状を起こす可能性があるので水分摂取(最低でも1日1L)を勧める。
- 低栄養の症状として、体重減少や免疫力低下(風邪症状が続く、傷の治りが遅いなど)、活力の低下等がおこるため、それらの観察を行う。
災害派遣時の保健師が注意すべきこと3選
災害派遣に行くときは、被災地の負担とならないように気を付けることが第一です。派遣に行って、足手まといになってしまってはいけません。災害派遣時に注意すべきことは以下3つです。
1.身の安全を第一に行動する
2.必ず食糧は自分で用意していく
3.なるべく自分で考えてえ行動する
身の安全を第一に行動する
災害が起きてから1~2日で派遣が決定し、被災地へ向かいますが、その後も余震や二次災害が起こる可能性が非常に高いです。
余震の中、保健活動を行うことになるため、自分の身は自分で守ることが一番重要です。
訪問したり避難所を回ったりしますが、災害時は性被害も相次いで起こります。女性一人で行動するのは避けましょう。
どうしても一人行動が必要な時は、必ず所在を誰かに伝えること。【報告・連絡・相談】は必須です。
このようにあらゆる不安と闘いながら災害派遣保健師は活躍しています。
必ず食糧は自分で用意していく
現地で食糧調達をしてはいけません。被災者は限られた物資で必死に生きています。そのため最低限の食糧は必ず自分で用意すること。
缶詰、パン、魚肉ソーセージ(5年保存できる災害用)、ナッツ類など
もちろん宿も良いところを準備できるわけではないので、寝袋は必須アイテムです。
何日もお風呂に入れず、体を拭いてしのぐ場合もあります。覚悟していきましょう。
なるべく自分で考えて行動する
知らない土地で働くことは分からないことだらけですが、現地の職員は不眠不休で頑張っています。
あれこれなんでも聞いてしまうと、災害派遣の保健師がさらに現地職員の負担になってしまいます。
自分の目で見て、頭で考えて行動すること。できることは自分で考えて行動します。
ただし、【報告・連絡・相談】は必須。災害時は協調性が大事です!
災害派遣保健師の具体的な保健活動と注意すべきこと3選
災害時の健康課題と保健師活動について解説しました。
- 災害派遣保健師は「行政保健師」が行っている。
- 災害時は、感染症、食中毒、心のケア、エコノミークラス症候群、低体温症、熱中症、生活不活発病、粉塵の吸引、口腔衛生、低栄養が起こりやすい。
- 災害派遣の保健師は現地の負担とならないよう配慮することが大事。
1.身の安全を第一に行動する
2.必ず食糧は自分で用意していく
3.なるべく自分で考えてえ行動する